ケニア旅blog vol.1 『旅は人生の薬である:基本情報』

アフリカと聞いて、何を想像するだろうか。

私の場合は、昔々関わらせていただいていた4WDの車で砂漠を爆走するパリ・ダカールラリーのレース場のイメージ。関わっている中で、訪れたアフリカはセナガルのダカールエジプトのカイロ

昔、奴隷貿易の拠点港だったダカールと観光地でもあるカイロでは、全く違う街の雰囲気で不便さも違ったけれど、砂漠地帯に行けば、360度地平線。
2回とも、思わず胸が震え、わーーっと声が出てしまったのを覚えている。

しかし、そこから約20年。アフリカは、着々と発展していた。
そして、約30年後の2050年には世界人口の1/4を占めるというエリア
中位年齢は、日本が約49歳のところアフリカは約20歳。まるで親子。

そして、アフリカと一口に言っても、なんと55カ国、人口13億人、面積は3037万平方mで、アメリカ、中国、インド、西欧、北欧、日本がすっぽり入る広さ。

地球上のヒトの先祖はアフリカ、それもケニアの辺りから誕生し世界に伝播していったというアフリカ単一起源説が有力なのに、私にとっては、地球の反対側にある国々だった。

しかし、アフリカ行きの話は、流れ星のように、ある日突然降ってきた。

ものごとは、流れに乗ると早い。
話が出てから2ヶ月後には、ケニアに向かって出発。
直行便がなかったので、エチオピア航空を使って、アディスアベバでトランジット。空港に降り立つと、がらがらの成田空港と打って変わって、沢山の人が行き来して、ほとんどの人はマスクをしておらず、そこにはコロナ後の世界があった。

しかし、ケニアに降り立ってみると、入国までにたくさんの関門があった。
事前に申請するeVisa、健康管理書類、PCR検査陰性証明、黄熱病ワクチン接種証明のイエローカードなどなど、一つ一つに違う係員がいて長蛇の列。

止められるの嫌だなぁと思いつつ、ビクビクしていたのだけれど、いや、こういうことは堂々とした勝ち、と思い直し、自信満々で次々と書類を見せて突破。スーツケースをピックアップして表に出たのは、我々がほぼ一番くらいのスピードだった。

恐る恐る旅立った私は、急にワクワクしてきた。

このワクワクは的中。
忘れられない2週間が始まったのだった。

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